同じ話数なのに感想がかみ合わない
海外のエピソード討論スレッドを読んでいると、同じ話数について書いているはずなのに、ある人は放送直後の興奮で書き、別の人は数か月前の話を思い出すように書いている、という場面に出会う。前者は字幕で見た人、後者は吹き替えで見た人であることが多い。
字幕派と吹き替え派の違いは、好みの問題として語られがちである。しかし反応の読み方という点では、好みより先に2つの構造的な違いがある。ひとつは見られるようになる時期の違い、もうひとつは台詞がどれだけ原語から離れているかの違いである。
公開の時期がずれると、話題の鮮度がずれる
字幕版は、映像が確定したあと台詞を訳して文字として重ねれば出せる。吹き替え版は、訳した台詞を口の動きと尺に合わせて書き直し、声優が収録し、音を混ぜ直す工程が加わる。そのため吹き替え版は字幕版より遅れて公開されるのが一般的で、作品によっては1クールまるごと遅れる。
この差は掲示板の空気にそのまま出る。字幕で見た人がその週に盛り上がっている時期、吹き替えを待っている人はネタバレを避けてスレッドに入ってこない。吹き替えが出たころには最初の盛り上がりは過ぎていて、遅れて来た人の感想は少数の書き込みとして散らばる。
その結果、エピソードスレッドに残る感想の大半は、字幕で最初の数日に見た人のものになる。このサイトが話数ごとに載せている反応も、多くはこの時期の書き込みである。吹き替えで見た人の評価が違っていても、それが同じスレッドに表れにくいことは念頭に置いておきたい。
ギャグは訳し方で笑いどころが変わる
反応が割れやすいもう一つの場面がギャグである。駄洒落や言葉遊び、方言、敬語の崩し方で笑わせる場面は、どちらの形式でも訳しにくい。ただし訳しにくさへの対処の仕方が、字幕と吹き替えで違う。
字幕は1行に入る文字数と表示秒数に制限がある。言葉遊びを説明する余裕がないので、意味を取って平らに訳すか、訳注を付けるか、似た効果の別の言葉遊びに置き換えるかを選ぶことになる。平らに訳すと笑いどころが消え、字幕で見た人は「ここで何が面白いのか分からない」と書く。
吹き替えは尺の中で言い回しを大きく組み替えられるので、原語の言葉遊びを捨てて、吹き替え先の言語で通じる別の冗談に差し替えることがある。こうすると笑いは成立するが、原作の台詞とは別物になる。吹き替えで見た人が「ここが一番笑った」と挙げる場面を、字幕で見た人が覚えていない、ということが起きるのはこのためである。
どちらの感想が正しいという話ではない
ここで気をつけたいのは、どちらかの感想を「作品を正しく受け取っていない」と片付けないことである。字幕で見た人は原語の声の演技を聞いているが、文字に収まらなかった言葉遊びは受け取っていない。吹き替えで見た人は笑いを受け取っているが、それは原作と同じ冗談ではないかもしれない。どちらも作品の一部を受け取り、一部を落としている。
例外もある。言葉遊びに頼らない、動きや間で笑わせるギャグは、どちらの形式でもほぼ同じように伝わる。反応が字幕派と吹き替え派で割れているのを見たら、その場面が台詞で笑わせているのか、動きで笑わせているのかを確かめると、割れた理由が見えやすい。
海外の反応を読むときにまず確かめること
海外の感想を読んで「この場面は海外では受けなかった」と結論したくなったときは、その感想がどの形式で見た人のものかを先に確かめるとよい。書き込みに「sub」「dub」と書かれていることは多く、スレッドの題名や投稿の冒頭で分かる場合もある。
形式が分からないまま評価をまとめると、字幕で笑いどころが消えた場面を、作品そのものが滑った場面として読んでしまう。このサイトの各話ページでは原文を併記しているので、気になった反応は原文で sub か dub かを確かめてから読んでほしい。